【平成版】名古屋グランパスの歴代最強ベストイレブン・フォーメーション

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名古屋グランパス・歴代最強ベストイレブン

今回は平成の名古屋グランパス歴代最強のベストイレブン・フォーメーションを紹介していきます。

2010年にリーグ優勝を果たしている名古屋グランパスはJリーグ開幕から強豪チームであり続けています。

そんな平成の名古屋グランパスを引っ張った11人を紹介していきますので最後までご覧ください。

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【平成版】名古屋グランパスの歴代最強ベストイレブン・GK

名古屋グランパスの歴代最強GKはこの人になりますね。

楢崎正剛

在籍期間1999年-2018年
2003年、2008年、2010年、2011年Jリーグベストイレブン

1999年横浜フリューゲルスの消滅にともなって獲得した楢崎正剛選手はチーム最多出場記録をつくるまで長く活躍しました。

2002年日韓ワールドカップでゴールキーパーとして活躍、ドイツワールドカップでは川口能活選手、南アフリカワールドカップでは川島永嗣選手にポジションを譲ったものの日本代表ゴールキーパーとして抜群の安定感を誇りました。

2010年のリーグ優勝の立役者となり2016年までレギュラーとして活躍した楢崎正剛選手は2018年に引退。

【平成版】名古屋グランパスの歴代最強ベストイレブン・DF

それでは名古屋グランパスの歴代最強ベストイレブンのディフェンダー編です。

田中マルクス闘莉王

在籍期間2010年-2016年
188試合36得点
2010年、2011年、2012年Jリーグベストイレブン

浦和レッズから優勝請負人という期待を背負って加入して2010年シーズン見事にリーグタイトル獲得に導いた闘将。

対人守備能力、ビルドアップ能力、空中戦の強さ、リーダーシップ、得点能力に優れ、失点を減らし得点を増やすという分かりやすい形でチームに貢献しました。

吉田麻也

在籍期間2007年-2009年
71試合5得点

高卒で加入して1年目から19試合に出場して、レギュラーに定着するとわずか2年でオランダリーグVVVフェンロにステップアップ移籍を果たしました。

その後、プレミアリーグに移籍して日本代表でも大活躍するなど、アジア人ナンバーワンセンターバックに成長しました。

名古屋グランパスでの在籍期間は短かったものの、偉大な選手を輩出したことでチームの歴史に名を刻んでいます。

増川隆洋

在籍期間2005年-2013年
240試合10得点
2010年Jリーグベストイレブン

191cmの長身と走力の高さが武器のセンターバックは空中戦の強さ、シュートブロックの巧さがあり、田中マルクス闘莉王選手とセンターバックのコンビを組み低めの最終ラインで強固なブロックを形成しました。

優勝した2010年は低いディフェンスラインでペナルティーエリア内を増川隆洋選手、田中マルクス闘莉王選手で制圧。

ペナルティーエリア外からのミドルシュートは楢崎正剛選手に任せるという個人能力に割り切って任せた守り方がハマりました。

阿部翔平

在籍期間2006年-2013年
226試合1得点

左利きでキック精度が武器の阿部選手は左サイドからミドルシュート、クロスボールという飛び道具を持ち、空中戦が主体だったストイコビッチ監督体制の下でボール供給源として大活躍。

226試合に出場しています。

筑波大学から2006年に加入してすぐに左サイドバックでレギュラーに定着。

キック精度だけではなく、守備面でも高く評価されていて、センターバックで起用される試合もありました。

【平成版】名古屋グランパスの歴代最強ベストイレブン・ボランチ

それでは名古屋グランパスの歴代最強イレブン、ボランチを紹介していきます。

ダニルソン

在籍期間2011年-2015年
136試合10得点

ガンバ大阪、大宮アルディージャとの競り合いを制してコンサドーレ札幌から獲得したコロンビア代表の快速ボランチはパンチ力のある左足とボール奪取能力を武器に名古屋グランパスの中盤を牛耳りました。

186㎝の長身とストライドの長い足で中盤に高さとスピードを加え、並外れた身体能力で対戦相手を恐れさせました。

中村直志

在籍期間2001年-2014年
342試合30得点

中盤のユーティリティープレーヤーで中盤ならどこでもプレーできます。

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ゲームメイク能力、豊富な運動量、献身的な守備で守備陣と攻撃陣をつなぐ役割を果たします。

地味だけどいないと困るというタイプの選手で342試合に出場して名古屋グランパスでデビューして引退。

引退後は株式会社名古屋グランパスエイト・ホームタウン推進部の正社員に転身して裏方でチームを支えています。

【平成版】名古屋グランパスの歴代最強ベストイレブン・MF,FW

名古屋グランパスの歴代最強ベストイレブンミッドフィールダー、フォワード編です。

ストイコビッチ

在籍期間1994年-2001年
184試合57得点
1995年, 1996年, 1999年Jリーグベストイレブン
1995年JリーグMVP

ユーゴスラビア代表でフランスリーグマルセイユの現役バリバリの中心選手でヨーロッパでも名が知れた有名選手だったストイコビッチ選手はユーゴスラビア紛争の影響でヨーロッパサッカー界から半ば弾かれるような形で名古屋グランパスに加入。

移籍当初は慣れない日本でのプレーに怒りを抑えることが出来ずに多くのカードをもらっていましたが、翌シーズンは後にアーセナルの監督に就任するアーセン・ベンゲルが監督に就任すると、圧倒的な才能を見せつけて天皇杯優勝の立役者となりましたね。

2001年名古屋グランパスで引退。
2008年に監督として復帰すると2010年リーグ優勝を果たしました。

本田圭佑

在籍期間2005年-2007年
90試合18得点

星稜高校の豊田陽平選手の獲得を狙っていた名古屋グランパスが要請した練習参加に勝手に付いてきた星稜高校2年生はたまたま人数不足だったため練習参加が認められるとフロントの評価を勝ち取り翌年に入団を決めました。

契約の際に海外移籍に関しての条項を要求し、大物の予感をさせていた高卒ルーキーはクラブ史上4人目となる開幕スタメンでプロデビューしアシストを決めています。

名古屋時代はパサーに美学を感じていた本田選手ですが、フリーキック含めた豪快なシュートが印象的。

そのままレギュラーに定着するとわずか2年で日本代表選出を果たし、オランダリーグに移籍しました。

その後の活躍はここに書くまでもないでしょう。

小倉隆史

在籍期間1992年-2000年
90試合20得点

強烈な左足のシュートと繊細なボールタッチでスルスルドリブルで抜いていくスタイルからレフティーモンスターと呼ばれ、1995年シーズンは14得点を決め、日本代表に選出されました。

その才能から将来を嘱望され、アトランタオリンピック予選で大活躍したものの合宿中に右足後十字靭帯を断裂し、選手生命を奪いかねない重傷を負い、復帰したものの絶頂期のパフォーマンスを取り戻すことがないまま、選手キャリアを終えました。

監督として2016年に復帰しましたが、成績不振で半年で解任され、チーム初のJ2降格の原因となってしまっています。

ケネディ

2009年-2014年
128試合63得点
2010年、2011年Jリーグベストイレブン
2010年、2011年Jリーグ得点王

194㎝の長身を武器に2年連続得点を獲得したオーストラリア代表のケネディ選手はストイコビッチ監督の空中戦を主体とした戦術にフィットして大車輪の活躍をしました。

Jリーグでは珍しいヘディングに特化したストライカーで空中戦に慣れていないJリーグのディフェンダー陣を手玉に取りました。

ヨーロッパのリーグでの活躍は限定的だったため、アジア枠で登録でき、獲得に大きな資金を必要としなかったケネディ選手は抜群のコストパフォーマンスでした。

ケネディ選手の活躍はJリーグの空中戦の脆弱性を示すものとなりましたね。

【平成版】名古屋グランパスの歴代最強フォーメーション

【平成版】名古屋グランパスの歴代最強フォーメーション

名古屋グランパスのベストフォーメーションは4-4-2にしました。

基本的に4バックを主体としていて、サッカーの基本システムである4-4-2が名古屋グランパスにとっては、常に「立ち返る形」だったからですね。

2019年現在のチームも4-4-2が軸となっています。

最後に

いかがでしたか?

今回は名古屋グランパスの平成のベストイレブン特集でした。

個人的にはストイコビッチは別格の印象があります。

本田圭佑選手も若くから海外挑戦したので、在籍期間は少ないですが、印象的なゴールが多いですね。

2010年以来の優勝を狙うことが可能なチーム戦力と成績を誇っている今後の名古屋グランパスに注目!

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