小野伸二
サッカー界の「天才」と呼ばれ、数々の素晴らしい成績を残してきた、

小野伸二選手

小学生の頃からサッカーをはじめ、サッカーの名門校、清水商業高校に入学するも、全国大会に出ることは叶わずに高校サッカーを終えました。

卒業後、浦和レッズに入団し、海外移籍もし、フェイエノールトでは、UEFAカップで優勝するなど、数々の偉業を成し遂げたのですが、小野伸二という選手は、怪我が非常に多く、「天才」とは呼ばれていたものの、苦労も人一倍してきた選手なんです。

今回はそんな「天才」でありながら、苦労人でもある、小野伸二選手について、色々と書いていきたいと思います。
彼に離婚歴はあるのか?

現在の奥さんと子供の現在は?

そして「天才」と呼ばれた逸話話し、その「天才」のプレースタイルなどなど。

是非最後まで読んでいってくださいね!

スポンサーリンク

小野伸二は離婚歴ある?現在嫁は?子供は何人?

小野伸二選手に、最近離婚話しのウワサがありまして、

離婚した?離婚歴は?離婚してる?離婚は本当なの?

っていう感じで色々気になってるファンが多いようですが、結論は離婚はしていません。

小野選手は、海外での生活が長く、家族と一緒にいれない時期も多くあり、現在もコンサドーレ札幌に所属しているので、今も単身札幌で住んでいます。
そういったことから、色々なウワサがたったんじゃないでしょうか?

なので、小野選手の現在の嫁も元読者モデルをやっていた美人さんで、小野千恵子さんです。

2001年に結婚し、小野選手より1歳年上の姉さん女房でして、当時はまだ、奥さんの方が大学生でして、彼女の両親が、「結婚は、大学を卒業してからでもいいんじゃないか?」と言っていたようなんですが、その意見を押し切り2人は結婚しました。

きっとフェイエノールトに移籍する年だったので、どうしても結婚したかったのではないでしょうか?

現在は札幌と東京で、別々に暮らしているのですが、試合で東京に帰ってきたときは、とても仲が良いようです。

お子さんも2人いらして、2004年に長女の夏蓮(かれん)ちゃんが誕生し、2007年に、次女の里桜(りお)ちゃんが誕生しています。

きっと今の小野選手は、子供と奥さんの為にプレーしているんでしょうね。

天才逸話について

今更ではありますが小野伸二選手が、なぜ「天才」と呼ばれているのか?

数々の天才逸話の中から、何個かをおさらいしていきたいと思います。

小野選手は、母子家庭で育ち、10人兄弟のうちの5番目に産まれました。

とても大家族だったのですが、母子家庭のため、小学生のころは、サッカーを習えなかったようなんです。

ただ、自分1人でサッカーの練習はやっていたみたいで、その練習を見ていた、サッカークラブの監督が

「お金はいらないから、うちのクラブに来てくれないか?」

と言ったそうで、普通に考えて、サッカークラブでは異例中の異例だと思うんですが、小学生にして、そこまでの実力を持ちあわせていたと言うことなんでしょうね。

ウェスタン・シドニー時代

あとは、オーストラリアプロサッカーリーグのウェスタン・シドニーに所属していたとき、チームはAリーグ(オーストラリアプロサッカーリーグ)に参入初年度だったにも関わらず、優勝をしたのですが、Aリーグ史上初めてのことだったようで、それも小野選手の貢献が大きかったと、大勢の人が言ってました。

しかし、当初は小野選手の移籍を疑問視する声がオーストラリア内で多くあったようですが、才能を認めさせるのに時間はかからず、Aリーグを独占放送するテレビ会社の、サッカーの試合を実況するアナウンサーは、「Tensai」という言葉を連呼していたようです。

小野選手自身も、移籍1年目のチームなのに、周りとのコミニケーションも満足にとれない中、活躍するあたりは、さすがの一言ですね。

フェイエノールト時代

そして、最後に紹介する天才逸話は、小野選手が初めての海外移籍をしたチーム、オランダリーグのフェイエノールト。

この地で彼は、数々の天才的プレーを披露し、ファンはもちろん、チームメイト、監督をも魅了しました。

小野選手が在籍中、フェイエノールトはUEFAカップで優勝し、ビッグタイトルを獲得したのですが、逸話となったのは、このUEFAカップでの準々決勝の話しなんです。

1戦目は相手チーム、PSVのホームで1対1で引き分け、2戦目がフェイエノールトのホームで、120分間戦い、1対1でPK戦へ突入。

そのPK戦にキッカーとして、登場した小野選手がペナルティースポットまで、リフティングをしながら行ったのです。

シュートはもちろん成功し、一見傲慢なプレーにも取られがちなんですが、ファンは、この大舞台での落ち着きようにビックリしたらしく、今でも「伝説」として、語られています。

チームメイトも

「信じられないぐらい、リラックスしていた。」

と語っており、小野選手の天才っぷりが発揮された場面でした。

PKというのは、普通の場面で蹴るのも緊張するんですが、この大舞台で、こういった行動が取れるのは、小野選手ならではですよね。

オランダでは、フェイエノールトの時代の小野選手のドキュメンタリー番組が放送されるほど、「伝説の選手」となっています!

プレースタイルは?

そんな数々の逸話を残してきた、小野伸二選手。

彼のプレースタイルをおさらいしてみます。

小野選手と言えば、右利きなんですが、左足でも利き足のように蹴れるテクニックを持ち、その両足から放たれる最高のパスは、「ベルベットパス」と呼ばれ、世界最高峰のパスを出せる選手です。
ベルベットパスというのは、絹やシルクのように、柔らかく、優しいパスのことを言います。

小野選手は、歴代の日本人の中で、ナンバー1のテクニシャンだと思いますね〜。

特別スピードがあるわけでもなく、フィジカルや運動量もいたって凄いわけではないんですが、人より優れた視野の広さを持ち、繊細なボールタッチから、最高のラストパスを出す、観るものをワクワクさせるプレーは、正に天性の才能の持ち主なんですよね。

若い頃から既に完成されています。

小野選手は、フィジカルや運動量が良くないイメージなんですが、そうでもないようで、過去に所属していたチームの、インターバル走では常にトップ3に入っていました。

そんな、小野選手の原点は、「マラドーナ」のようで、彼の意表を突くパスに魅了され、テレビを食い入るように見ていたそうでして。

やはり「天才の原点は、昔の天才」なんですね。

最後に

そんな天才も、順風満帆のサッカー人生を送ってきたわけではなく、怪我が多く、選手生命の危機を幾度となく乗り越えてきた、背景もあります。

人生に「もし」という事はないんですが、もし怪我をせずに、サッカー人生を送れていたら、小野伸二という、サッカー選手は凄いところまで、登っていたかも知れないです。

今は、ベテラン選手になり、ベテランの味を遺憾なく発揮している、小野伸二選手から、これからも目が離せませんね。