浦和レッズ・歴代最強イレブン

今回はJリーグで最も熱いサポーターを持つ浦和レッズの

歴代最強のベストイレブン

についてフォーカスしていきます。

Jリーグ創世記にはお荷物とまで言われた浦和レッズですが2001年に日本最高のサッカースタジアムとの呼び声が高く、日本代表戦のほとんどが現在でも開催されるさいたまスタジアム2002が建設されたことがきっかけで観客動員数が激増!

ビッグクラブへと成長していきました。

ギド・ブッフバルト監督体制でJリーグと天皇杯を制覇した2004年~2006年と2007年オジェック監督体制でACLを勝った時期を第一次黄金期。

2016年ルヴァンカップを制したミシャ・ペトロビッチ監督時代の2012年から現在の第2次黄金期のイメージが強いですよね。

そこで今回は浦和レッズの歴代ベストイレブンを考えてみました。

実際にこの11人でチームを作るといろいろと不都合が出てくるでしょうが、夢のあるメンバーとフォーメーションを選んでみたので浦和レッズサポーター以外の方もお楽しみいただけると思います!

ぜひ最後までご覧ください!

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浦和レッズの歴代最強ベストイレブン・Gk編

ゴールキーパーは都築龍太選手と迷いましたが都築さんはさいたま市議会議員として頑張ってもらうとしてこの人にしました。

山岸範宏選手も入れたかったですがキーパーは一人しか枠がないのがつらいところですね。

西川周作

西川周作

浦和レッズ在籍期間(2014~現在)128試合出場。

今では当たり前になったゴールキーパーからパスをつなぐミシャ・ペトロビッチ監督のサッカーにピッタリ!

サッカーの新しい面白さを教えてくれたという意味で西川周作選手を選出。

あと5年くらいは正ゴールキーパーを務めていそうです。
2014ブラジルワールドカップメンバー

西川周作の裏切りの理由って?嫁の画像や子供は?実力についても! 

浦和レッズの歴代最強ベストイレブン・DF編

レッズといえば3バックのイメージが強いので3人を選出しました。

坪井慶介

坪井慶介

浦和レッズ在籍期間(2002~2014)360試合出場

ずば抜けたスピードとクリーンな守備を生かして広範囲を守り、第一次黄金期の守備を支えました。

とくに闘莉王が自由に動くので坪井選手のカバーリングは地味に重要な役回りでしたね。

ルックスもかわいらしい感じで花王のメンズビオレのCMになぜか出演。2006年ドイツワールドカップ出場。

田中マルクス闘莉王

田中マルクス闘莉王

浦和レッズ在籍期間(2004~2009)168試合出場37得点
言わずと知れた闘将。
2006年JリーグMVP。

異常な空中戦の強さでゴール前に鍵をかけ、敵陣ゴール前でも迫力満点でセットプレーでは得点を量産。

闘莉王がいるだけで勝ち点10は違うとまで言われていました。

ただ気難しいところもありフィンケ監督とそりが合わず名古屋グランパスへの移籍。

2010南アフリカワールドカップ出場。

ギド・ブッフバルト

ギド・ブッフバルト

浦和レッズ在籍期間(1994~1997)157試合出場

後に浦和レッズの監督になる元ドイツ代表の名ディフェンダーで1990年イタリア大会でワールドカップ優勝を果たしています。

1993年のJリーグ開幕から2年連続で年間最下位だったチームを1995年ファーストステージで3位に躍進

Jリーグ創成期にチームにゲルマン魂を注入しチームの顔となりました。浦和レッズでの功績は計り知れません。

浦和レッズの歴代最強ベストイレブン・MFボランチ編

ボランチは阿部勇樹選手も捨て難かったですけどジェフが育てたみたいなところもあるので生え抜きの二人を選出。

長谷部誠

長谷部誠

浦和レッズ在籍期間(2002~2007)149試合出場12得点

藤枝東高校から獲得した掘り出し物で、2年目にしてアテネオリンピック世代のエース山瀬功治選手からポジションを奪い、中心選手として君臨。

その後、ブンデスリーガに移籍し、日本代表のキャプテンとして活躍しています。

浦和レッズ時代は攻撃的なイメージの選手でブラジル代表のカカ選手と比較されたりしていました。

2010南アフリカワールドカップ出場
2014年ブラジルワールドカップ出場。

鈴木啓太

鈴木啓太

浦和レッズ在籍期間(2000~2015)379試合出場10得点

ワイルドな風貌の人格者。

抜群のポジショニングと組み立てでボランチとしてチームを支えました。

日本代表ではオシム監督に気に入られて、目立たないけど重要な役割をこなす選手として「水を運ぶ選手」と表現されていました。

サッカーにおける脇役の役割を認識させたという意味での功績が大きいと思います。

高卒1年目の長谷部誠選手はスタッフから鈴木啓太選手についていけば間違いないといわれ、プロとしての姿勢を参考にしたようです。

長谷部誠選手がボランチとして大成したのもこの選手の教育のおかげかもしれませんね。

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浦和レッズの歴代最強ベストイレブン・MF、FW編

かなり攻撃的な人選になりました。

ワシントン選手を入れるかどうかで迷いましたが、「野人」岡野雅行選手、田中達也選手も入れたかったですね。

原口元気選手関根貴大選手はまだまだ頑張って欲しいので外しています。

小野伸二

小野伸二

浦和レッズ在籍期間(1998-2001 2006-2007 )132試合出場28得点

言わずと知れた「天才」

清水東高校から入団した際は13クラブが獲得へ名乗りを挙げました。

サポーターの存在を理由に争奪戦を制し、浦和レッズに入団すると、いきなり攻撃の中心になり可愛らしいルックスといつも笑顔でファンサービスする姿で浦和レッズのアイドル的存在でしたね。

あっという間に日本代表入り、海外移籍を果たしました。

未だに才能は日本人選手史上最高といわれています。

フィリピン戦での怪我さえなければ・・・

1998年フランスワールドカップ出場
2002年日韓ワールドカップ出場
2006年ドイツワールドカップ出場

小野伸二は離婚歴ある?嫁と子供の現在は?天才逸話とプレースタイルも 

山田暢久

山田暢久

浦和レッズ在籍期間(1994~2013)501試合出場25得点

浦和レッズの技巧派サイドアタッカー。

どこのポジションもこなすユーティリティープレイヤーでとにかく上手くて賢い選手でした。

やる気を表に出すタイプではなく、やる気がなさそうにプレーする姿からタリーさんと呼ばれていましたね。

日本代表で活躍できるポテンシャルはあったといえるでしょう!

マンチェスター・ユナイテッドとの親善試合でクリスティアーノ・ロナウドに何もさせなかったり、クラブワールドカップでACミラン相手にも通用していた姿も印象的。

ポンテ

ポンテ

浦和レッズ在籍期間(2005~2010)144試合出場33得点

第一次黄金期のトップ下として君臨。

チャンピョンズリーグで活躍するほどの選手でしたがギド・ブッフバルトの誘いで浦和に移籍。

絶妙のラストパスで何度もチャンスメイクし、シュートもうまかったですね。

ワシントン選手とのコンビで2007年JリーグMVP に輝きました。

ACL優勝の立役者!大舞台に強いメンタルの強さも印象的。

クラブワールドカップは怪我で欠場してしまい、ポンテ不在の影響は大きかったです。

エメルソン

エメルソン

浦和レッズ在籍期間(2001~2005)100試合出場71得点

Jリーグの歴史の中でも外国人助っ人選手の中で最も能力が高かった選手ではないでしょうか。

2004年は30試合27ゴールを挙げて得点王を獲得!

規格外のスピードとドリブル突破、技巧的なシュートは世界トップクラスでユベントスからもオファーが来ていたそうです。

本人は日本代表入りの意思がありましたが多額の報酬のためにカタールリーグに移籍してカタール国籍を取ってしまいました。

もし、日本代表入りが実現していたら・・・

福田正博

福田正博

浦和レッズ在籍期間(1992~2002)228試合93得点

ゲットゴール福田!というコールをしたことがある人は30代以上ですね。(笑)

スピードを生かした飛び出しとドリブル突破を武器に活躍!

1995年には50試合32得点で日本人選手として初の得点王を獲得。

ウーベ・バイン選手、小野伸二選手からスルーパスを引き出すのが上手でJリーグ創成期にゴールを量産しました。 前身の三菱では59試合50ゴール。

ミスターレッズ!

歴代最強フォーメーションはこれだ!

浦和レッズの歴代最強フォーメーションはこんな感じになりました!

浦和レッズ・歴代フォーメーション

システムは第1次黄金期のギド・ブッフバルト監督の3-5-2か第2次黄金期を作り上げたミシャ・ペトロビッチの3-6-1か迷いましたが、ポンテを生かすために3-5-2にしました。

攻撃的で個性的な性格の選手が多いですが、長谷部誠選手、鈴木啓太選手がなんとかしてまとめてくれてバランスのとれた歴代イレブンかなと!

最後に

いかがでしたか?

浦和レッズは資金力のあるチームですから他チームから移籍してきた選手より、生え抜きの選手を優先的に選びました。

意外に自チームで育成している選手が多いですね。

あとはさいたまスタジアムの大観衆がつくる雰囲気を味方につけるためにもリーダーシップのある選手が多いのも特徴的だと感じます。