ワールドカップ歴代得点王!

ということで、ワールドカップ歴代得点王を飾ったスターをピックアップします!

これまでワールドカップの歴史上、数々の選手が得点王に輝いてきました。

振り返ってみると、大会前から注目されていて期待通りに得点王となった選手、逆に大会前は無名の選手がワールドカップでブレイクしたパターンなど、色々あって面白いです!

そんなわけで、ワールドカップが始まったウルグアイ大会からの得点王を取り上げていきますのでご覧ください!

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1930年ウルグアイW杯の得点王

ギジェルモ=スタービレ・8点

第1回大会の得点王は、アルゼンチン代表のストライカーであるスタービレ選手!

スピードを武器に相手DFを抜き去りゴール前へ飛び込むプレースタイルから「侵入者」の異名を持っていました。

グループリーグでは、第2節のメキシコ戦でハットトリック、第3節のチリ選手でも2得点を挙げ、スタービレ選手の活躍でアルゼンチンはグループリーグを首位で通過!

続く準決勝のアメリカ戦でもスタービレ選手は2得点を挙げて勝利に貢献してチームは決勝に進出。

ただ、決勝ではウルグアイ相手に1得点を決めるも、試合は4-2で破れ、優勝は逃す結果に…。

スタービレ選手はW杯の後にイタリアやフランスでプレーするようになったため、アルゼンチン代表キャリアはW杯の4試合のみとはいえ国民に大きなインパクトを与える存在となったそうです。

またスタービレ選手は引退後にアルゼンチン代表監督を務め、コパ・アメリカ優勝6回などの実績を残しています。

1934年イタリアW杯の得点王

オルドリッヒ=ネイエドリー・5点

第2回大会の得点王はチェコスロバキア代表FWのネイエドリー選手!

同大会は16チームのトーナメント戦で行われました。

その中で、ネイエドリー選手は初戦のルーマニア戦(2-1勝利)、準々決勝のハンガリー戦(3-2勝利)共に1得点を挙げて勝利に大きく貢献。

準決勝ではドイツ相手に見事ハットトリックを飾り、3-1の勝利に導きました。

決勝のイタリア戦は無得点に終わり、チームも2-1で敗北して準優勝となりましたが、エルズベリー選手は4試合5得点の成績で得点王に輝きました!

試合結果を見てみると、エルズベリー選手の得点はチームの勝利に繋がるものばかりでしたね!

1938年フランスW杯の得点王

レオニダス・7点

第3回大会の得点王は、ブラジル代表の伝説的なストライカーであるレオニダス選手!

トーナメント1回戦のポーランド戦ではさっそくハットトリックを達成!チームも延長の末、6-5で勝利しました。

準々決勝のチェコスロバキア戦は、延長でも決着がつかず、再試合が組まれる大劇戦に。その中でレオニダス選手は2試合で2得点を挙げ、チームを勝利に導きました!

迎えた準決勝、前回王者であるイタリアとの対戦でしたが、レオニダス選手はまさかの欠場。(決勝を見据えて、体力面を考慮しての温存と言われています)エース不在のチームは1-2で敗北し、3位決定戦に回ることに…。

スウェーデンとの3位決定戦では元気に出場し1得点を挙げ、チームも勝利。

レオニダス選手は出場した全試合で得点を決める大活躍で、チームを3位に導くと共に、自らも得点王を獲得しました!

レオニダス選手はブラジル代表初の黒人選手として知られています。

抜群の身体能力を活かしたプレーでゴールを量産し、W杯でのプレーを見た地元フランスの記者から「黒いダイヤモンド」と称されました。

またレオニダス選手は、オーバーヘッドシュートの生みの親としても有名ですね。

1950年ブラジルW杯の得点王

アデミール・9点

第4回大会の得点王は、開催国ブラジルのエースストライカーであるアデミール選手!

同大会は予選リーグと決勝リーグで優勝を争いました。

開催国であるブラジルは優勝を義務付けられており、アデミール選手はエースとして期待されていました。

予選リーグからブラジルは好調で首位通過、アデミール選手は3試合で3得点を挙げました。

そして4チーム総当たりによる決勝リーグで、アデミール選手は初戦のスウェーデン戦で4得点の大爆発!(7-1で勝利)
続くスペイン戦でも1得点を挙げ(6-1で勝利)、最終戦のウルグアイ戦に引き分け以上で優勝というところまで迫りました。

迎えたマラカナン・スタジアムでのウルグアイ戦、観客の全てが勝利を疑いませんでしたが、結果はまさかのウルグアイ勝利…。アデミール選手も無得点に抑えられてしまいました。

この敗北にショックを受けたブラジル国民の様子などは「マラカナンの悲劇」として今も語り継がれています。

アデミール選手は得点王を獲得したものの、土壇場で優勝を逃す悲しい結末を迎えることになりました。

1954年スイスW杯の得点王

サンドール=コチシュ・11点

第5回大会の得点王は、ハンガリー代表のコチシュ選手!

同大会のハンガリーは、1950年から無敗という圧倒的な強さで「マジックマジャール」と恐れられ、優勝候補筆頭でした。
そのチームの中でもコチシュ選手は、「黄金の頭」と称されるヘディングを武器に、中心選手として活躍しました。

迎えたW杯でも、ハンガリーはグループリーグ2戦で17得点、その内コチシュ選手も7得点という活躍を見せ、悠々と首位通過。
決勝トーナメントは準々決勝のブラジル戦、準決勝のウルグアイ戦共に、延長戦にもつれ込む激戦を制し、決勝に進みました!
コチシュ選手は2得点ずつ挙げて大会得点数11にまで伸ばし、この時点で得点王の座を確実なものに。

迎えた決勝戦、相手はグループリーグで8-3と圧勝した西ドイツ。
誰もがハンガリーの勝利を確信していましたが、準々決勝と準決勝での激戦により満身創痍のチームは、決勝に照準を合わせてきた西ドイツを相手に2-3とまさかの敗北…。

この敗北で、無敗記録が4年・32戦でストップ。W杯決勝という一番重要な試合で途切れてしまったのは痛恨ですね。

W杯後もコチシュ選手はハンガリー代表として活躍しましたが、1956年に発生したハンガリー動乱の影響でスペインに亡命。
ハンガリーはその他有力選手も亡命してしまい、「マジックマジャール」は解体となりました。

コチシュ選手はその後、代表の舞台に立つことはありませんでしたが、クラブではバルセロナで1965年までプレーしました。

1958年スウェーデンW杯の得点王

ジュスト=フォンテーヌ・13点

第6回大会の得点王は、フランス代表のストライカーであるフォンテーヌ選手!

W杯開幕前、フォンテーヌ選手は控えと目されていましたが、直前にレギュラー選手が負傷したため、出番が回ってきました。

この幸運をフォンテーヌ選手は逃さず、瞬発力を武器にゴールを量産!

グループリーグでは初戦パラグアイ戦でハットトリックを達成するなど3試合で6得点。

準々決勝の北アイルランド戦では2得点を挙げ、チームの勝利に貢献。
準決勝のブラジル戦でも1得点を決めるも、ペレ選手を擁するブラジル相手に2-5で敗北し、3位決定戦に回りました。

その3位決定戦は西ドイツが相手でしたが、ここで再びハットトリックを達成し、試合も6-3で勝利。

終わってみれば、フランス代表は3位に躍進し、フォンテーヌ選手も6試合全てで計13得点を挙げ、見事に得点王を獲得しました!

ちなみに1大会13得点は未だにW杯史上最多の記録です。

しかし、このような強烈な記録がありながらも、同大会は「ブラジルのペレ選手が衝撃的なプレーで初優勝を果たした大会」というイメージが強いですね。

フォンテーヌ選手はその後、怪我の影響で28歳という若さで引退しましたが、代表戦通算21試合出場で、なんと30得点という成績を残しています。

1962年チリW杯の得点王

ガリンシャ・4点
ババ・4点
ワレンチン=イワノフ・4点
レオネル=サンチェス・4点
フローリアン=アルベルト・4点
ドラザン=イェルコビッチ・4点

第7回大会は、得点王が6名生まれています。

連覇を飾ったブラジルからは、ガリンシャ選手とババ選手の2名が得点王に。

ガリンシャ選手は歴代最高の右ウインガーの一人で、ブラジル国内ではペレ選手と並び称される人気を誇ります。

同大会では当初、ペレ選手がエースと目されていますが、グループリーグ第2戦のチェコスロバキア戦で負傷離脱してしまいます。

エース離脱の危機を救ったのが、ガリンシャ選手の圧倒的なプレーでした。

準々決勝のイングランド戦、準決勝の開催国チリ戦で共に2得点1アシストの大活躍!

決勝のチェコスロバキア戦も攻撃を牽引し、チームの連覇に大きく貢献しました。
同大会のガリンシャ選手は「一人でチームを優勝に導いた」と称されるほどの活躍だったようですね。

ガリンシャ選手といえば、右サイドのドリブル突破が代名詞!
中に切れ込むと見せかけて縦に突破する動きは、どんなDFも止められなかったようですね。

小児麻痺の影響で、右脚が左脚より数センチ長く、軽度の知的障害も残るというハンデがありましたが、圧倒的な技術とドリブル突破はその影響を感じさせません。

また、子供の様な純粋さから、様々な逸話も残っていて、ブラジル国民に愛されています。

次にババ選手ですが、ガリンシャ選手のアシストを確実に得点へと結びつけ、決勝トーナメント3試合で4得点を挙げる活躍を見せました。

その他の得点王についてですが、イワノフ選手(ソ連)はグループリーグ3試合で4得点を挙げて決勝トーナメント進出に貢献。

サンチェス選手は開催国チリのストライカーとして、グループリーグで2得点を挙げると、準々決勝のソ連戦でも1得点でチームを勝利に導き、準決勝のブラジル戦でも敗れはしたものの、1得点。チームを3位に押し上げました。

アルベルト選手(ハンガリー)はグループリーグでブルガリア戦でのハットトリックを含む4得点をあげ、チームのグループリーグ突破に貢献。

イェルコビッチ選手(ユーゴスラビア)はグループリーグで3得点、準決勝のチェコスロバキア戦で1得点を挙げ、チームのベスト4進出に向けて貢献しました。

1966年イングランドW杯の得点王

エウゼビオ・9点

第8回大会の得点王は、ポルトガル代表のエースストライカーであるエウゼビオ選手!

黒人選手ならではの身体能力を活かした圧倒的なスピードと強烈なシュートから「黒豹」と恐れられていたエウゼビオ選手は、前年(1965年)のバロンドールを受賞し、W杯の注目選手とされていました。

迎えた本大会、エウゼビオ選手はブラジル、ハンガリーと同居した激戦区のグループリーグで、ブラジル戦の2得点を含め計3得点を挙げ、首位通過に貢献。

そして大会のハイライトは、準々決勝の北朝鮮戦でした。

試合は開始20分で北朝鮮が3得点を奪うというまさかの展開でしたが、そこからエウゼビオ選手が大爆発!なんと一人で4得点を立て続けに決め、一気に試合をひっくり返し、歴史的な大逆転劇を演出!

ポルトガルは続く準決勝でイングランドに敗れましたが、エウゼビオ選手は大会無失点を続けてきたイングランドから初の得点を奪い、一矢報いました。

3位決定戦のソ連戦でも1得点を挙げ、エウゼビオ選手は得点王に輝くと共に、ポルトガルを大会3位に導く大活躍!

1970年メキシコW杯の得点王

ゲルト=ミュラー・10点

第9回大会の得点王は、西ドイツ代表のエースストライカーであるミュラー選手!

同大会でミュラー選手は、グループリーグでブルガリア戦でのハットトリックを含め3試合全てで計5得点を奪い、西ドイツの首位通過に貢献!

準々決勝のイングランド戦でも1得点を挙げ、前回王者を延長戦の末に勝利することになりました!

準決勝のイタリア戦は「アステカの死闘」と称される大激戦に!

ミュラー選手は2得点を挙げるも、西ドイツは準々決勝に続く延長戦で、イタリアに3-4と惜敗…。

ミュラー選手は大会を通じて準決勝までの5試合連続得点、合計で10得点を挙げる活躍!
得点王としてチームを3位に導きました。

ミュラー選手といえば、「爆撃機」というニックネームが有名です。

華麗な技術や圧倒的なフィジカルは持ち合わせていないものの、ゴール前でのポジショニングとどんな体勢からでも正確に枠を捉えるシュート精度を武器に、ペナルティエリア内で圧倒的な存在感を放ち、ゴールを量産しました!

得点を決めることに特化した選手の代表格ですね!

ミュラー選手は代表通算62試合で68得点という、驚異的な成績を残しています。

1974年西ドイツW杯の得点王

グジェゴシ=ラトー・7点

第10回大会の得点王は、ポーランド代表のラトー選手!

ポーランドは1次リーグでアルゼンチン、イタリアという強豪国と同居しましたが、初戦のアルゼンチン戦でラトー選手が2得点を挙げて試合も3-2で勝利!

続くハイチ戦でラトー選手がハットトリックを達成して7-0の圧勝を収めると、チームは完全に勢いに乗り、最終節のイタリア戦にも勝利し、堂々の首位通過を決めました!

続く2次リーグ、初戦のスウェーデン戦、第2戦のユーゴスラビア戦共に1得点ずつ決めてチームは2連勝!
第3戦の西ドイツに敗れ、決勝進出は逃したものの、3位決定戦に回りました。

3位決定戦の相手は前回王者のブラジルでしたが、この試合でもラトー選手は1得点を奪い、ポーランドはこの得点を守り抜き1-0で勝利。

ラトー選手の活躍で、ポーランドは3位に躍進しました!

ラトー選手の100m走11秒台と言われる俊足を活かしたドリブル突破を武器とした右ウイングプレーヤー。

カウンターでの突破や中央に切れ込んでのドリブルシュートで得点を量産しました。

1978年アルゼンチンW杯の得点王

マリオ=ケンペス・6点

第11回大会の得点王は、開催国アルゼンチン代表のエースストライカーであるケンペス選手!

開催国のエースストライカー、そしてアルゼンチン代表で唯一の海外組(当時はスペインでプレー)ということで、ケンペス選手は大きな期待と注目を集めていました。

1次リーグでは無得点に終わるものの、2次リーグからケンペス選手の決定力が遺憾無く発揮されることに。

ポーランド戦(2-0勝利)、ペルー戦(6-0勝利)で共に2得点を挙げる活躍を見せ、チームも決勝に進出。

決勝のオランダ戦でも、前半に先制点を決め、後半に追いつかれて延長戦に突入すると延長前半に決勝点となる2点目を奪い、チームを開催国として初優勝に導きました!

この大会、ケンペス選手は得点王と大会MVPの2冠に輝いています!

ケンペス選手は「マタドール(闘牛士)」と称され、ドリブル突破で相手DFをスルスルと突破してからのシュートを武器としていました。

W杯決勝の2点目は、ケンペス選手の真骨頂とも言えるプレーでしたね。

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1982年スペインW杯の得点王

パオロ=ロッシ・6点

第12回大会の得点王は、イタリア代表のエースストライカーであるロッシ選手!

ロッシ選手は1980年にイタリア国内での八百長に関与していたとして、大会直前まで2年間の出場停止処分を受けていました。

ブランクの影響からか、1次リーグと2次リーグの初戦アルゼンチン戦を終わって無得点と精彩を欠き、大きな批判を浴びていました。

そんなロッシ選手が、2次リーグ最終戦のブラジル戦で覚醒します!

ブラジルはジーコ選手など「黄金の4人」と呼ばれた中盤を擁して優勝候補筆頭と目されていましたが、ロッシ選手はブラジル守備陣のミスを抜け目なく突いてハットトリックを達成!

チームの3-2勝利に大きく貢献しました!

この試合でトップフォームを取り戻したロッシ選手は、準決勝のポーランド戦で2得点を挙げると(2-0で勝利)、決勝の西ドイツ戦でも1得点をマークし、試合も3-1で勝利。

ロッシ選手が最後の3試合で6得点の固め打ちを見せ、イタリアをW杯王者に導きました!

ロッシ選手は、ゴール前で相手マークを外す動きを得意としていました。
ブラジル守備陣の緩慢なプレーが、ロッシ選手の感覚を呼び起こすことになったんだと思います。

1986年メキシコW杯の得点王

ゲーリー=リネカー・6点

第13回大会の得点王は、イングランド代表のエースストライカーであるリネカー選手!

イングランドはグループリーグ2試合で1分1敗と、最終戦の結果次第でリーグ敗退の危機を迎えていました。
迎えた最終戦のポーランド戦で、リネカー選手がハットトリックの大活躍!

チームも3-0で勝利し、決勝トーナメントに進出しました。

決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦でもリネカー選手が2得点を挙げ、3-0で勝利。

迎えた準々決勝で、マラドーナ選手率いるアルゼンチンと対戦することになりました。

この試合、マラドーナ選手の「神の手」ゴールと「5人抜き」ゴールという、W杯史上に残る2失点を喫する苦しい展開に。

終盤、リネカー選手が得点を挙げ1点差に詰め寄るも、試合はそのまま1-2で終了。

イングランドは準々決勝で敗退…。

リネカー選手は固め打ちが効いて得点王に輝きましたが、この大会はマラドーナ選手のプレーが神懸かっていたこともあり、インパクトが薄いですね…。

リネカー選手はゴール前での俊敏な動きでマークを振り切り、正確なワンタッチシュートでゴールを決める、正統派ストライカーでした。

また、現役時代を通じて1度も警告・退場処分を受けていない紳士的なプレーでも有名でしたね。

晩年はJリーグのグランパスに加入。W杯得点王の肩書きから活躍が期待されていましたが、リーグ戦18試合で4得点と不本意な結果に…。

リネカー選手の衰えだけでなく、リネカー選手に良質なパスを供給する選手の不在も大きかったと思います。

現在はテレビのサッカー解説者として活躍中。

現役時代に所属していたレスターがプレミアリーグ優勝を果たした際には、罰ゲーム?としてパンツ一丁でテレビ番組に出演するなど、話題を提供してくれますね。

1990年イタリアW杯の得点王

サルバトーレ=スキラッチ・6点

第14回大会の得点王は、開催国イタリア代表のストライカーであるスキラッチ選手!

大会当初は控えのFWと見られていたスキラッチ選手ですが、大会初戦のオーストリア戦に途中出場すると、決勝点を決める大活躍!

第3戦のチェコスロバキア戦でも1得点を挙げると、決勝トーナメントに入りレギュラーに昇格。ファンタジスタのバッジョ選手と2トップを組むことになりました。

1回戦のウルグアイ戦で先制点、準々決勝のアイルランド戦では決勝点を挙げるなど、得点力不足に悩むチームの救世主に。

迎えた準決勝、相手は前回王者のアルゼンチン。ここでもスキラッチ選手が先制点を決めるも、バッジョ選手を控えに置いたイタリアは追加点を奪うことができず、逆に同点に追いつかれてPK戦の末に敗れました…。

それでも3位決定戦のイングランド戦では、スキラッチ選手とバッジョ選手のアベックゴールで勝利。

終わってみれば、大会を通して5試合連続得点の大活躍!

スキラッチ選手は華麗な技術や圧倒的な身体能力といったわかりやすい武器を持っている訳ではないですが、ゴール前で相手マークを外す動きと正確なシュートで、得点を量産。

また晩年にはJリーグのジュビロ磐田に加入。得点ランク2位に入るなど、日本でも記憶に残る選手でしたね。

1994年アメリカW杯の得点王

フリスト=ストイチコフ・6点
オレグ=サレンコ・6点

第15回大会の得点王は、ブルガリア代表のエースであるストイチコフ選手とロシア代表のサレンコ選手!

大会を通してインパクトが大きかったのはストイチコフ選手でしょうか。

ストイチコフ選手は90年からバルセロナで活躍していた欧州のスター選手であり、個人として注目されていましたが、ブルガリア代表は欧州代表の1つといった程度の注目度でした。

しかし、グループリーグをストイチコフ選手の3得点もあり2位で通過すると、決勝トーナメント初戦のメキシコ戦でも1得点を挙げてチームはPK戦の末、勝利!

そして準々決勝で前回王者のドイツと対戦。先生されるも、後半にストイチコフ選手がFKを直接決めて追いつくと、勢いに乗ったブルガリアが逆転勝利!

欧州の中堅国であるブルガリアが前回王者を下す番狂わせを演じました!

準決勝のイタリア戦ではバッジョ選手に2得点を決められてしまい、ストイチコフ選手が1点差に迫る得点を決めるも、一歩及ばず敗退…。

それでも、W杯におけるブルガリア史上最高の成績である4位に導き、ストイチコフ選手は得点王を獲得すると共に、同年のバロンドールも受賞しました!

ストイチコフ選手の武器は、なんといっても左脚から放たれる強烈かつ正確なキックです!

少々遠い位置からでも、ミドルシュートやFKで得点を決めることができました。
また、クラブではウイングを務めていたように、ドリブル突破やクロスでチャンスを生み出すことも得意でした。

ちなみにストイチコフ選手は98年にJリーグの柏レイソルに加入。

在籍は1年弱と短期間であったものの、ワールドクラスの片鱗を見せてくれました。

もう一人の得点王であるサレンコ選手。

チームはグループリーグで敗退となりましたが、リーグ3戦で6得点!

特に第3戦のカメルーン戦では、なんと5得点の荒稼ぎ!

1試合5得点はW杯最多記録、グループリーグ敗退国からの得点王もW杯の歴史上サレンコ選手だけです。

1998年フランスW杯の得点王

ダボール=シュケル・6点

第16回大会の得点王は、クロアチア代表のエースストライカーであるシュケル選手!

日本代表が初出場となった同大会、クロアチアとグループリーグ第2戦で対戦し、0-1で惜敗…。

この試合で決勝点を挙げたのがシュケル選手でした。

シュケル選手はこの得点を含めグループリーグでは2得点を決め、クロアチアは決勝トーナメントに進出。

1回戦のルーマニア戦ではシュケル選手の得点を守り切り1-0勝利、準々決勝のドイツ戦でもシュケル選手は1得点を挙げ、チームは3-0の快勝で準決勝に進出しました!

準決勝では開催国のフランスと対戦。

後半開始早々にシュケル選手が先制点を決めるも、その後フランスに逆転され、準決勝で敗退…。

それでも、3位決定戦のオランダ戦ではシュケル選手の決勝点で見事に勝利、初出場3位の快挙を達成しました!

シュケル選手の持ち味は左脚からの正確なシュートです。

正確な技術を活かし、強烈なシュートやコースを突いたシュート、テクニカルなループシュートなど、様々なパターンでゴールを狙いました。

またストライカーらしく、ゴール前でフリーになる動きにも長けていたので、一瞬の隙を突いて得意の左脚から得点を量産しました。

2002年日韓W杯の得点王

ロナウド・8点

第17回大会の得点王は、ブラジル代表の「怪物」ロナウド選手!

ロナウド選手は2000年に右膝靭帯の完全断裂という選手生命に関わるほどの大怪我を負い、復帰はW杯の直前だったことから、当初は活躍できるか懐疑的な意見が多数でした。

しかし大会が始まると、リバウド選手、ロナウジーニョ選手との「3R」トリオでゴールを量産!

グループリーグで4得点を決めると、決勝トーナメント初戦のベルギー戦で1得点、準決勝のトルコ戦で決勝点を挙げて、チームの決勝戦進出に貢献しました。

決勝戦の相手はドイツ。

大会を通じて好セービングを見せたドイツのGKカーン選手との対決が注目されましたが、後半にロナウド選手が2得点を奪取して見事に2-0で勝利!

ブラジルを5度目の優勝に導き、自らの復活を印象付けました!

またロナウド選手は大会中に突然、前髪だけを残した「大五郎カット」に髪型を変えるなど、ピッチ外でも話題を提供していました。

ロナウド選手のプレースタイルは、上述の大怪我を境に大きく変わりました。

大怪我の前は、まさに「なんでもできる」怪物プレーヤーでした。

ストライカーらしく抜群のシュート精度を誇り、ブラジル人らしい圧倒的なテクニックを持つ上、爆発的なスピードとフィジカルを併せ持つ、完璧な選手でした。

中盤に下りてボールを持ち、そこから強引に見えるドリブル突破で相手を次々と交わして得点を奪っていきました!

次元の違うプレーを連発し、所属チームの監督に「戦術はロナウド」と言わしめるほど。

しかし、大怪我の後は爆発的なスピードを見せることがほとんどなくなってしまいました…。

ただし、技術までは錆び付くことがなく、ゴール前での駆け引きやポジショニングと正確なシュートを武器に得点を量産する、ストライカーに特化したスタイルに変貌。

大怪我を乗り越えて活躍した姿に感動する一方で、大怪我なく怪物のプレーを続けていたらどれだけの成績を残したのか、「たられば」を考えてしまうインパクトがありますね!

2006年ドイツW杯の得点王

ミロスラフ=クローゼ・5点

第18回大会の得点王は、開催国ドイツ代表のエースストライカーであるクローゼ選手!

クローゼ選手は前回大会で得点ランク2位であったこともあり、開催国ドイツを牽引するエースストライカーとして期待を集めていました。

その中でクローゼ選手は期待に応える活躍を見せました。

開幕戦となったコスタリカ戦で早速2得点を挙げて勝利に貢献すると、グループリーグで4得点を奪い、チームを勢いに乗せました!

決勝トーナメントでは、準々決勝のアルゼンチン戦で後半35分に同点弾を決めチームを救い、PK戦で勝利!

準決勝で優勝したイタリア相手に延長戦で敗れたものの、3位に輝き国内を熱狂させました。

クローゼ選手の持ち味は、打点の高いヘディングシュート!

初出場の日韓W杯では5得点全てがヘディングシュートでした。

また、成熟するにつれてマークを外す動きやシュート精度に磨きがかかり、ストライカーとしてゴール前で存在感を発揮するようになりました。

クローゼ選手は計4度W杯に出場し、通算16得点を挙げました。

これは個人では歴代最多の記録となります。

2010年南アフリカW杯の得点王

ウェズレイ=スナイデル・5点
ダビド=ビジャ・5点
ディエゴ=フォルラン・5点
トーマス=ミュラー・5点

第19回大会では、4名の得点王が誕生しました!

先ずはスナイデル選手!

オランダ代表ではトップ下のポジションで攻めの中心として活躍。
同大会では、前線の選手へラストパスを出すだけでなく、得意のミドルシュートで積極的にゴールを狙いました。

グループリーグでは日本戦で決勝点を挙げて首位通過に貢献すると、決勝トーナメントでは準決勝まで3試合連続で得点を決め、チームを準優勝に導く活躍を見せました。

2人目はビジャ選手!

2008年の欧州選手権で得点王に輝いており、同大会でも得点王候補に挙げられていました。

スペインはグループリーグ初戦で敗れたものの、第2戦はビジャ選手の2得点で勝利。
そこから4試合連続得点、特に決勝トーナメント初戦と準々決勝では1-0勝利の決勝点を挙げて、チームに多大な貢献を果たしました!

準決勝と決勝は相手マークが更に厳しくなり、ビジャ選手自身の得点はありませんでしたが、前線で相手の脅威になり続けてスペインの攻めを牽引し、チームは念願の初優勝を飾りました!

ビジャ選手のプレーは正確なシュートが持ち味ですね。

少し遠い位置からも、コントロールされたミドルシュートなど積極的にゴールを狙うことが多かったです。
その他にも、ゴール前でのワンタッチシュートやドリブルシュートなど、多彩なパターンで得点を量産しました。

3人目はフォルラン選手!

ウルグアイ代表の10番を背負って臨んだ同大会でチームを力強く牽引。

グループリーグで2得点を挙げると、決勝トーナメントでは準々決勝、準決勝、3位決定戦でそれぞれ1得点ずつ決める活躍を見せました。

また、得点以外でも攻撃の中心として躍動し、出場7試合の内3試合でマンオブザマッチに選ばれるほどの活躍を見せた結果、同大会のMVPにも輝きました!

フォルラン選手はビジャ選手と同様に、正確なキックを活かしてワンタッチシュートやドリブルシュート、FKなど様々な形で得点を奪うストライカーでした。

得点王の4人目はミュラー選手!

ミュラー選手は大会前までに代表戦出場が5試合しかなく、そこまで期待されていませんでしたが、グループリーグ初戦に出場するとさっそく初得点を挙げて勝利に貢献!

決勝トーナメントに入るとミュラー選手のプレーは更に輝きを増していきました。

1回戦のイングランド戦では2得点1アシストでマンオブザマッチに選出される大活躍!その後も得点を重ね、決勝トーナメントだけで4得点を挙げ、チームを3位に導きました!

また3アシストを記録し、大会アシスト王も獲得!

ミュラー選手はポジショニングやボールのないところでの動き出しに優れ、相手の嫌がるプレーを選択できるサッカーIQの高さが持ち味です。

同大会でも、巧みにマークを外して簡単に得点を奪っていきました。

2014年ブラジルW杯の得点王

ハメス=ロドリゲス・6点

第20回大会の得点王は、コロンビア代表のハメス選手!

コロンビアは大会前、エースストライカーのファルカオ選手が怪我で欠場することになり、得点力に不安を持たれていましたが、大会に入ると司令塔と考えられていたハメス選手が得点力を発揮しました。

グループリーグ全試合で得点を決めて首位通過に貢献すると、決勝トーナメント1回戦では同じ南米のウルグアイ相手に2得点を挙げ、チームを勝利に導きました!

続く準々決勝で、開催国ブラジルに惜敗しましたが、ハメス選手はコロンビアの攻撃の中心として圧倒的な存在感を放ち続け、5試合中3試合でマンオブザマッチに選出。

このW杯での活躍が評価され、翌2014-2015年シーズンに800万ユーロとも言われる移籍金でレアル・マドリードに加入することになりました。

ハメス選手はW杯では自ら得点を奪っていきましたが、本来の持ち味はトップ下からのラストパスやドリブル突破といった、チャンスを創り出すプレーです。

得意の左脚からのイマジネーション溢れるプレーで相手の裏をかき、決定機を量産。

もちろんシュート精度も高く、W杯のようにチャンスがあれば自ら得点を奪うこともできます。

トップ下でチームの攻めを統括する、いわゆる「クラシカルな10番」といったプレースタイルですね!

最後に

以上、歴代W杯の得点王を振り返ってみました。

やはり得点王を獲得できる実力を持つだけあって、各国の伝説的プレーヤーや記録・記憶に残る選手ばかりですね!

これからのW杯でも、得点王として歴史的なプレーヤーが生まれる瞬間が楽しみです!