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バルセロナ歴代10番のまとめ一覧!過去の英雄たちの系譜一覧!

バルセロナ・歴代10番

今回は

FCバルセロナの歴代10番

を紹介します。

ファンなら歴代10番なら誰がつけていたかすぐにイメージできるかもしれませんが、どうしてもバルサの10番はメッシ選手が長年つけていますが、これだけのBIGクラブなので歴代の10番を背負ってきた選手は英雄ばかりです。

懐かしい名前も出てきますが皆さんは誰に思い入れがありますか?

これを見ずしてバルセロナは語れません!

最後までご覧ください!

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ディエゴ・マラドーナ

マラドーナ・バルサ歴代10

バルセロナ在籍期間1982~84年36試合22ゴール

乱闘騒ぎ、ウイルス性肝炎、うつ状態、行き過ぎた夜遊びなど問題行動を起こしながらも5年契約延長を打診しましたが、当時のバルセロナ会長との関係が悪化、ナポリへ移籍していきました。

強靭なフィジカルとテクニック、メンタリティーで相手DFを切り裂いた「天才」。

当時はサッカー自体が荒かったですし、マラドーナが持ったら削ることが常態化していました。

狙い撃ちにされていたマラドーナ選手は可哀そうでしたね。
今では当たり前となった「後ろからのタックルはファウル」となったのはマラドーナを後ろから削るシーンが続出したためと言われています。

当時のプレー動画を見ると相手はほとんど今の基準ではファウルで止めに行っていますが、それでも止まらないのがマラドーナの凄さ!

一概にメッシと比べられない部分でもあります。

ドリブラーを守るルールをつくり、幼少期のメッシ選手に影響を与えたことがバルセロナにとっては最大の功績かもしれません。

余談ですが一人の飛びぬけた選手のために出来たルールでいうとイエローカードとレッドカードはペレに対する悪質なファウルが続出したことがきっかけ。

ロマーリオ

ロマーリオ・バルサ歴代10

バルセロナ在籍期間1993年~1995年47試合34ゴール

1993~94年にはクラシコでハットトリックを達成するなど得点王を獲得。

バルセロナ在籍期間は短かったものの残したインパクトは絶大。

通算1000ゴールの点取り屋は伊達じゃなかった。

小柄で短足ですがすばしっこくて裏への抜け出しと卓越したシュート技術で得点を量産しています。

現在はブラジルの上院議員。

ちなみにリーガは1995年から固定背番号制を導入したためマラドーナとロマーリオが10番を背負って出た試合の記録は残っていませんが2人とも10番のイメージが強いので選出しました。

ヤリ・リトマネン

ヤリ・リトマネン・バルサ歴代10

1999 – 2000年 21試合3ゴール

その創造性あふれるテクニックと頭脳でデニス・ベルカンプなどよりも評価が高く「アヤックス史上最高の10番」と呼ばれたフィンランドの英雄リトマネン。

よく走り、点も取れる司令塔ぬは時代の先を行っていました。

シュートテクニックと周りを使いながら使われる連続的な動きは美しかった!

アヤックスで得点王とチャンピョンズリーグとあらゆるタイトル獲得。

鳴り物入りでバルセロナへ移籍しましたがルイス・ファン・ハールの下で全く活躍できずわずか3ゴールに終わりました。
ファンハール監督かなりの変人ですから一度嫌われたら最後ですね。

リバウド

リバウド・バルサ歴代10

2000 – 2002年 55試合31ゴール(10番での成績)

1998-99シーズンにはバロンドールとFIFA最優秀選手賞を受賞。

リヴァウドが10番を背負ったシーズンはルイス・フィーゴがレアルマドリードに移籍しましたが、パトリック・クライファートとハビエル・サビオラとリバウドの3トップはトリデンテ(三叉の矛)と呼ばれた。とくにオーバーヘッドキックがカッコよかったです!

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2000-01シーズンのリーガ最終節バレンシア戦で見せたハットトリックは伝説!

カンプ・ノウ(バルセロナのスタジアム)の神。「レフティモンスター」「左足の魔術師」と呼ばれましたがファン・ハール監督との相性が悪くなり2002年ACミランへ移籍。

リケルメ

リケルメ・バルサ歴代10

2002 – 2003年 30試合3ゴール

マスコミ嫌いで異常なキープ力と視野の広さでゲームを掌握する古き良き司令塔タイプのキャラクターで10番がよく似合うリケルメ。

アルゼンチンの名門ボカ・ジュニアーズルで圧倒的なパフォーマンスを見せていたリケルメはバルセロナでも多くの期待を集めましたが、ファン・ハール監督はリケルメの獲得を「政治的な契約」であると批判。

わざと慣れないサイドハーフで起用するなど完全なる冷遇を受け出場機会は少なく、わずか1シーズンでバルセロナを追い出されるようにスペインの田舎ビジャレアルに移籍。

ビジャレアルではチームの王様として君臨して2005-06シーズンチャンピオンズリーグベスト4まで進出!

自身の価値を見直させました。

そのプレースタイルの古めかしさと堂々とした立ち居振る舞いから「恐竜」「最後の10番」と呼ばれた。

ロナウジーニョ

ロナウジーニョ・バルサ歴代10

2003 – 2008年145試合70ゴール

幼少期は4匹の犬を相手にドリブル練習をしていたというロナウジーニョ。

バルセロナの一時代を築いた最高のファンタジスタ。

全盛期のドリブルは左サイドで前を向かせたら、ファウルですら止められない状態。

レアルマドリードのホームスタジアムサンティアゴ・ベルナベウでお手上げのスタンディングオベーションは伝説。

サッカーを楽しみ、いつも笑顔でプレーする姿はアスリートというよりはパフォーマー。

エラシコを真似して足首を捻挫したサッカー少年は世界中にいるでしょうね。笑

ロナウジーニョのような魅せる選手は高速化された現代サッカーでは出てこないでしょうから、ロナウジーニョのプレー動画は何年経っても世界中で見続けられるでしょう。

予測不能のプレーでファンの目を釘付けにし、デコやエトー、シャビ、イニエスタらと14年ぶりのチャンピオンズリーグ優勝を果たしました。

意外にもメッシとの関係は良好で

「自由にプレーしろ。喜びを感じてプレーしろ。そして、常にボールを大切にしてプレーすべるんだ」

とまだプロデビュー前の10代のメッシにアドバイスされています。

メッシもロナウジーニョを兄のように慕っていたがメッシに中心選手の責任感を持ってほしいというペップ・グアルディオラ監督の意向や私生活の乱れを理由にACミランに放出されました。

個人的にはペップ・グアルディオラのサッカーにロナウジーニョが合わせてくれたらどんなチームになったのか、凄く気になります。

リオネル・メッシ

メッシ・バルサ歴代10

2008年 -現在 382試合389ゴール。

最大級のリスペクトをしていた兄貴分のロナウジーニョを放出させてまで21歳の若さで10番を与えられたメッシ。

ペップ・グアルディオラ監督のもとで圧倒的なポゼッション(ボールを回し続ける)サッカーは革命的な変化をもたらしました。

チャビ・エルナンデスやアンドレス・イニエスタのような小柄なテクニシャンが技術で圧倒してパスを回し続けるサッカーに日本サッカーは大きな影響を良くも悪くも受けました。

メッシは170cmで他のスポーツと違いサッカーなら小さくても世界一になれることを証明。

世界中のちびっ子に希望を与えてくれています。あらゆる記録を塗り替え続けてるメッシ。

メッシ2世は何人もいますがメッシを超える選手は出てこないでしょう。

最後に

いかがでしたか?

数字を見てもロナウジーニョが色あせるほどにメッシがずば抜けています。

現役のメッシを見ていたことを下の世代に自慢できるでしょう。

そのときにはメッシよりすごい選手がいるんですかね?

ちょっと想像が尽きません。

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