スポンサーリンク




セスクの嫁の画像や子供は?プレースタイルやバルセロナが放出した理由も

セスク・ファブレガス
世界トップクラスのパサー

2019年現在「ASモナコ」に所属するセスク・ファブレガス選手

をピックアップしていきます。

セスク選手といえば、2014シーズンにバルセロナからチェルシーへ移籍し、移籍した年にチームのリーグ優勝へ大きく貢献しました。

スペイン代表でも 2010 年のワールドカップ、2012 年のEUROの優勝メンバーであり数々のタイトル獲得に貢献するなど、注目度はますます高まっている選手です。

そんなセスク選手の嫁の画像や子供について、プレースタイルやバルセロナが放出した理由についても迫っていきます~

最後までお楽しみください~

スポンサーリンク

セスクの嫁が美人!画像は?年齢差や子供は?

海外のサッカー選手の嫁は美人だらけというのは昔も今も変わりませんが、セスク選手のもやはり美人でしたね。

お名前はダニエラ・セマーンさん。

セスク・嫁婦でした。

子供については、ダニエラさんはセスク選手と結婚する前にマリアちゃんとジョセフ君という2人の子供がいたわけです。

そして、セスク選手と結婚した後、リアちゃんとカプリちゃんの2人のお子さんが産まれ、2017年4月には5人目となる男の子も出産されています。

結婚前のエピソード

一見幸せたっぷりの家族に見えますが結婚前には略奪婚だったというエピソードなんかもあります。

2011 年にセスク選手とセマーンさんの交際が発覚、しかしこの時ダニエラさんには当時の婚約相手が居た為、世間では略奪愛やでき婚では?と言われ大きく話題を呼びました。

妻ダニエラさんと2人の子供はセスク選手のもとへ、怒った元旦那さんはすぐ離婚届を提出し

「彼はベッカムじゃない。ただのサッカー選手だ」

とコメントするほど怒っていたようです。

でも、奥さんとお子さん不倫でが奪われたら誰だって怒りますよね。

同情したい気持ちもありますがセスク選手がダニエラさんにとってそれほど魅力的だったということなんでしょう。

セスク・ファブレガスのプレースタイル

さて、数々の世界舞台で活躍しているセスク選手のプレースタイルですが、持ち味は何といても正確無比なパスセンス。

長短関係なく性格かつ質の高いパスを味方へ届ける高度な技術は世界トップクラスで特に速くて的確なロングボールは彼の最大の武器です。

特に一瞬の判断でスペースに走り込んでいる味方選手のスピードまで計算してピンポイントで合わせる技術は本当に凄いですね。

視野の広さにも定評があって、まるで上空から試合を見ているようなプレースタイルといっても過言じゃないかもしれません。

日本でいうと、『ヤット』的な。

スポンサーリンク

こんなアシストを集めた動画もありました。

2016年12月には、プレミアリーグで通算100アシストを記録、これはライアン・ギグス選手フランク・ランパード選手、そしてマンチェスター・ユナイテッドに所属するウェン・ルーニー選手に続いて 4 人目の快挙達成。過去3名の名前を見ると凄さが伝わってきますね。

また、セスクは中盤やトップ下で主に起用され司令塔との呼び声も高いですが代表ではサイドや影の9番とも言われセカンドストライカーとしてもプレーすることが出来き、高い
ユティリティー性を持っております。

広い視野を持ち、中盤からの多彩なパスは相手 DF 陣へ恐怖を与え、時には自らゴールを奪うプレースタイルを持った世界トップクラスの選手ですね。

バルセロナがセスクを放出理由について

セスク選手はバルセロナに2011-2014まで在籍していたわけですが、当時から

バルセロナがセスクを放出した理由について注目されていたわけです。

これだけの選手なので、こういう話題になっても不思議ではありませんね。

セスクはバルセロナのサッカーにフィットしなかったと、多くの声があります。
バルセロナのサッカーはポゼッション重視で味方同士の距離感も非常にコンパク、その中で鮮やかなパスワークからゴールを演出するのがバルセロナのサッカーでした。

セスクは元カンテラ出身ですが、彼の長所は素早い攻撃を可能とする速く正確なロングボールを前線の味方へ出すことが出来たり、攻撃が詰まった時にロングボールでアクションを起こすことが出来ます。

しかし、バルセロナはポゼッションサッカーのため速いパスを活かせる機会が限られています。

セスク選手のバルセロナ時代の動画があったので載せておきますね。

セスク選手はバルセロナ時代にはFWをやっていたこともあり中盤から攻撃のスイッチを入れるという持ち味が出せなかったのです。

それに比べプレミアリーグでは攻守の入れ替えが速くカウンターサッカーのチームが多いのでリーグの特徴がセスクに合っていたため、本人も移籍を希望したのだと思います。

また、セスクはインタビューでこう答えています。

「僕はバルセロナにクラブを離れる方法があるかを尋ねた。会長は僕の売却を止めようと
した。でも、僕はすでに決断を下していたんだ」

「僕はスビサレッタとバルトメウと話をした。彼らに、移籍したいと伝えたんだ。正直に
言えば、すべてがスムーズに進んだ。何か特別な理由で移籍を決めたわけじゃない。チェ
ルシーに移籍したら幸せになれるとは思わなければ、この決断を下してはいないよ。僕は
人間としてもプロフェッショナルとしても幸せになりたいんだ」

元々バルセロナ前はアーセナルでプレーしていたセスク選手、ライバルでもあるチェルシーに移籍したのはアーセナルからオファーが無かったからでしょうか?

もし、オファーがあり、条件がチェルシーを上回っていたらアーセナルに復帰していたのかもしれませんね。

最後に

いかがだったでしょうか?

セスク選手の偉大さが少しでも伝われば幸いです。

数々の大舞台を経験し、バルセロナでもプレーしてきた経験値は中々得られるものではありませんね。

武器であるパスセンスでプレミアでのアシスト記録の更新とチームでの更なる活躍に期待したいです。

今度もセスク選手から目が離せませんね~!

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました